息子の夜泣きと長時間労働で死にたいと思ったことも!?料理人時代の裏話

2017-07-02

題名から暗〜い感じで申し訳ありません(笑)これはもうかれこれ13〜15年前、まだ料理人として都内で働いていた時の話です。
 

ポイント ブラック企業の代名詞「飲食業界」

息子の夜泣きと長時間労働で死にたいと思ったことも!?料理人時代の裏話

長男が産まれたのをきっかけに和創作料理のお店を辞め、さまざまな業種の飲食店をチェーン展開する準大手の会社に転職をしました。

この世界に入ったときはそれこそ包丁の持ち方すら知らなかった僕ですが、その頃には魚をおろしたり、中華鍋をふれるようになっていました。なので、多少の自信と期待をもち新しいお店で料理人人生をスタートしました。

料理人の手元

 

飲食業界で働く人の多くが「自分の店を持ちたい」という野望をもっていたためか、働くことに対して、サラリーマンとしての仕事として以外にも「修行」という気持ちを持っていました。

なので、長時間やサービス残業は当たり前、人が足りなければ休みを返上して(もちろんタイムカードは押しません)お店に来るのが当然。店長ともなれば、本当に休めるのは月に2、3日という月もざらでした。

僕もそれが普通だと洗脳されていたので1日14時間労働を当たり前のようにこなしていました。朝は8時に起きて出勤、10時にお店に入りランチの準備。そのあとは夜の仕込みや宴会の準備に追われます。

飲食店には変な体育会系のノリも多いのですが、僕の会社も同じ。研修では朝礼や昼礼などで気合をいれるためのヘンテコな儀式の練習を繰り返しさせられることに。恥ずかしかろうが、馬鹿らしかろうが、朝礼や昼礼でやらなければいけないので嫌々参加していました。くそ忙しい中でも、そういうことは絶対やらなければいけない毎日でした。

だいたい早い日は17時頃からお客さんはやってきます。そこから、22時半のラストオーダーまで戦場のような忙しさ。夕飯も満足に食べられないこともしばしばです。

特に夜の仕込みの段取りや仕込む量を間違えると命取りです。とにかく、テンパりまくり。こんなにオーダーがたまるかというくらいの量の伝票が目の前に張り出されていきます。そして、ホールスタッフからは請求の嵐。5分でできるサラダが1時間以上出せないという状況に陥ります。

さらに、テンパってくると実は超危険。指を切ったり、火傷をしたり、怪我が絶えませんでした。今までに爪をそいだり、油に突っ込んだりしましたが、一番ひどかったのが、蒸し物の蒸気での火傷です。あれが一番痛かった、、、。

ラストオーダーを過ぎると、次は「終電に乗るため」に戦争のような片付けの忙しさが待っています。終電に間に合わなければ家に帰れません。それこそ1分1秒を争うんです。

片付けを済ましたら、大急ぎで着替え、とにかくひたすらダッシュでホームに向かいます。階段なんて2段飛ばしでひたすらダッシュしていた記憶があります。

そんな慌ただしい毎日の中にで月に1〜2度ほど地獄が待っています。それは、料理研修という名の超・長時間拘束労働。いろいろなお店の人間が一堂に会し、料理研修を行います。新作メニューの作り方、魚のさばき方、など内容は様々です。

勉強になるのはいいんですが、研修時間がお店を終えた夜中の1時から始発が走る朝5時頃までなんです。研修が終わった時点で、すでに始業から19時間経過しています。

しかし、次の日もランチがあるので帰るわけにはいきません。各自、自分の店に戻りランチの準備に入り、そのまま夜中まで働き続けます。研修が終わり帰れるのはシフトで休みになっている幸運な人のみ。それ以外は、丸二日満足に睡眠や休憩も取れずに40時間くらい料理をし続けることになるんです。

当時、僕は22〜25歳、まだ若く体力もありましたし、それが当たり前でしたのでクタクタになりながらもなんとかこなしていました。今なら完全にアウトですが、当時の状況と料理人を目指す人特有の「修行」という感覚がそれを当たり前とさせていました。家に帰るのは夜中の2時、そこからご飯や晩酌をして朝の8時には起床して出掛けます。

仕事に関する時間が生きている時間の半分以上、あとは睡眠と少しのプライベートという感覚です。給与明細に記載されるタイムカード上の労働時間は月約350時間、法定基準では原則週40時間ですから、倍近いわけです。あくまでもタイムカード上で、です。その頃の給与を鮮明に覚えています。入社して2年、主任になって、手取り235,000円です。
 

ポイント そして、息子の夜泣きが始まった、、、。

息子の夜泣きと長時間労働で死にたいと思ったことも!?料理人時代の裏話

当時、息子が10ヶ月になったころにはじまったのです。「地獄の半年間」が、、、。

当然子供を持つということは苦労も多くなります。寝不足なんて当然、子供中心になるのが当たり前、それはわかっていました。

しかし、うちは「夜泣き」がひどすぎたのです。毎日一晩中、30分おきに泣くんです。まずは寝るとき、なかなか寝付けないのでグズリ泣き。僕が休みの日は、一番寝やすい車で1時間、近所をぐるぐるドライブしていました。

ようやく寝落ちしたのを確認して、そーっと布団におきます。その間、我々夫婦には緊張が走ります。もちろん、すぐにでも寝落ちできるくらい2人ともクタクタ。そーっと布団置きに成功し、淡い期待とともに布団に入りまどろんで来たころです。

「ぎゃー!!あー!!ぎゃー!!!」
 

泣く赤ちゃん

 

1時間のドライブの効果が30分も効きません。それから、朝まで30分おきに泣き続けます。

抱っこしていると一応泣き止むので交代で抱っこします。でも布団に置くと30分も経たないうちに泣き出します。子育てをした経験がある方はわかると思いますが、寝入り端に起こされる辛さったらないですよね。

それが毎晩何度も続くと人はおかしくなります。抱っこをしていて、泣き叫ぶ息子を投げ飛ばしてやりたいと思ったこともあります。

僕が休みの日の昼間、本当なら公園に行ったり買い物したり家族の時間を楽しめるはずでした。

しかし、うちでは、夫婦どちらかが布団でくたばり、一人は廃人のように疲れはて壁に寄りかかりながら抱っこし続けていた記憶しかありません(実際には楽しい時間も過ごしていましたけど)妻も大変だったと思います。

見知らぬ土地に引っ越して、初めての出産、もちろん友達はまだ遊びまくっていた年頃。旦那は朝から夜中まで帰ってこない、初めての育児を不安と共にこなしていて、あの夜泣きが続いたわけですから。

当時の記憶ってあまりないのですが、何よりも辛かったのが周りが理解してくれないことでした。「夜泣きなんてだれもがするもの、寝不足なんて親として当たり前」こういう言葉しかかけられず。本当につらくて追い込まれているときでも「大げさだよ!そんなの普通のことだから」こんな風に言われ続けました。

本当なら助けてほしい、理解してほしい家族にすらそう言われ、私たち夫婦は追い詰められていきました。もちろん、そんな精神的にも肉体的にも余裕のない状態なので夫婦間でも言い争いが絶えませんでした。
 

ポイント いっそ死んでしまえたら楽になるかと毎日のように感じていた。

息子の夜泣きと長時間労働で死にたいと思ったことも!?料理人時代の裏話

当時僕は、終電が最寄りの駅までないため、少し遠い駅までバイクで通っていました。帰る途中に踏切で待っているときにいつも考えていたことです。
 

夜の踏切

 

「一刻も早く家に帰りたい、帰って布団に横になりたい、寝たい、、、。でも、家に帰りたくない、また今日もあの地獄のような時間が待っている、、、。このアクセルを回して踏切に飛び越えば楽になるのかな、、、。」

もう疲れ果てて考える力もありません。もちろん死ぬのなんて絶対に嫌です。でも、究極に欲している欲求(寝ること)と究極に避けたい欲求(寝れないこと)が相反するものすぎて、どうしていいかわからない。

頭の体も、精神も力つきる寸前のような状況です。今なら間違いなく「うつ」と診断されていて、それこそ本当に自殺しているかもしれません。若いというだけですが、それに耐えるエネルギーがありました。

また、ひとつの救いが仕事が忙しすぎたことです。朝から晩まで慌ただしい毎日が、そんなうつ状態を解消してくれたのかもしれません。余計なことを考える時間もなく、疲れを感じる余裕もない。ひたすら料理を作る毎日が良かったのかもしれません。

でもね、たまに勝手に涙が出てくるときもあったんですよ。変なプライドのせいなのか、若く結婚した意地なのか、家庭のことは誰にも相談せずにいたため、コップの縁から溢れ出るように涙が出てくることもありました。

ひたすら耐えていたような日々でしたが、ある日のことです。「奇跡」が起きました。

息子が1歳半になろうとしていたその日に「奇跡」の瞬間がとうとうやってきたのです。

なんと!夜寝て一回も起きず、朝日で目がさめるという「奇跡」が起きました。

あの日の感動は一生忘れられません。レースのカーテンから入る白い光で間が覚め、庭ではチュンチュンすずめが鳴いています。一瞬、とうとう天国に来たのかと思いました。

「おい、あ、朝だよ!!!」

妻を起こしてみると、妻もこの奇跡に感動。隣ではあの悪魔のような息子がスヤスヤと天使の寝顔で寝ています。悪魔が天使に変わった瞬間です。この日を境に「ふつう」の夜泣きに戻り3歳ころまで続きました(笑)

ちなみに、夜泣きがひどい息子を実家に連れて行き、地獄の夜泣きを体感してもらうと、「夜泣きなんて当たり前!」と言っていた家族が「これはひどすぎる!!!」と一気に変わりました。

そして、悪魔のような夜泣きの息子は成長し、いまは14歳。来年は高校受験を控える立派な男の子に成長。今では夜泣きもしません。

あれから14年。うちには12年ぶりに次女が誕生しました。初めの1ヶ月はスヤスヤ寝るとってもいい子。しかし、ここ最近、どうも夜中にぐずる。朝まで寝ない日もあります。

こ、これは、14年前の再現か!夫婦で戦々恐々としています。歳をとり、昔のような体力もありません。しかし、我々には半年間以上の夜泣きとの戦いの経験があります。ベテラン選手のようなやり方で、ごまかしごまかし乗り切るつもりです。

寝不足が続けば、料理をはじめとする家事などやる気にもなりません。そしてやるべきことは、子育てと家事だけではありません。上の子たちの学校・塾や友達のこと、トラブルだってあります。仕事に家事に子育てに、すべてを完璧にはできないでしょう。

また、妻とは本当によく喧嘩をしますし、正直嫌になるときだってあります(お互い様ですが)。しかし、こちらもうまく協力していくことが、人生をイキイキと過ごすコツです。

いくら家族のため、生活のためとはいえ、仕事にばかり没頭すれば家族は崩壊します。しかし、子育てや家事の理想を求めていても現実問題、立ち行かなくなるかもしれません。

子供の年齢、時期により大変さの質も変わってきます。あまり、無理をせず、人にも頼り、弱音をはき、失敗を人にシェアして役立ててもらい、日々を過ごしていきたいと思う今日この頃です。

また、飲食店の裏側として長時間労働にクローズアップしましたが、決して悪いことばかりではありません。食を提供する以上、仕入れ・仕込みが必要になってきます。なるべく低価格で品質の良いものを提供するために、様々な努力が必要です。そのためにはどうしても「時間」を犠牲にしなければいけないこともあります。

利益ばかりを追求するお店・企業も多いのは事実ですが、「美味しいものを食べて喜んでもらいたい」これが、料理をする人の根底には必ずあります。

だからこそ、世の料理人、プロアマ問わず感謝の気持ちを持って料理を頂きたいと思います。

こんな暗い過去の話を最後まで読んでいただきありがとうございます!
このような料理人時代の経験を生かし、これからも夕飯作りに苦労されている方々をしっかりサポートしていきます。

夕飯作りの時短アドバイザー   矢島 ノリオ

夕飯作りを楽にするための第一歩

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